第147回 「『A Kamigata Anthology: Literature from Japan’s Metropolitan Centers, 』1600-1750, the University of Hawai’i Press,」刊行について/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

第147回 「『A Kamigata Anthology: Literature from Japan’s Metropolitan Centers, 』1600-1750, the University of Hawai’i Press,」刊行について/最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」 - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

最高学部長 渡辺憲司のブログ「時に海を見よ その後」

第147回 「『A Kamigata Anthology: Literature from Japan’s Metropolitan Centers, 』1600-1750, the University of Hawai’i Press,」刊行について

2020年3月29日

江戸時代前期の上方を中心とした日本文学の英語訳アンソロジーが3月中旬に刊行された。これで3巻がそろった。この日本の近世・近代の都市文学の作品を集成した英文のアンソロジー3巻は、今後の世界的視座にたった日本文学・文化の研究における基盤をなすものである。

3巻は以下のものである。
Volume 1:
A Kamigata Anthology: Literature from Japan’s Metropolitan Centers, 1600-1750, the University of Hawai’i Press, 2020

Volume 2:
An Edo Anthology: Literature from Japan’s Mega City, 1750-1850, the University of Hawai’i Press, 2014

Volume 3:
A Tokyo Anthology: Literature from Japan’s Modern Metropolis, 1850-1920, the University of Hawai’i Press, 2017

編集主幹は、すべての巻の刊行に中心的存在であった、インディアナ大学名誉教授・高等研究所常任研究員のスミエ・ジョーンズ。共編者は、第1巻「上方の巻」には、アダム・L・カーン (ウイスコンシン大学教授)、「東京の巻」では、チャールズ・イノウエ(タフツ大学教授)。 監修には、故ハワード・ヒベット(ハーヴァード大学 V.S.トーマス名誉教授)、 延広真治(東京大学名誉教授)が加わり、私も日本関係アドヴィザー、協力者としてかかわった。

この企画が本格的に始まったのは、2003年。それ以前のヒベット教授のもとでの研究会でもその意図は話題になっていたので、20年越しの労作と云ってよいであろう。

最初に本書の大きな役割について述べる。
現在、周知のごとく、日本映画・マンガ・アニメ・モダンダンスなどが世界を席巻するほどの状況を呈している。又、所謂、クールジャパン現象とその関連芸術についての研究も盛んである。このような芸術表現の源泉にあるのが、江戸・明治のポップカルチャーである。それは、伝統的雅の文学に対して、パロディなどの俗化手段を用いながら成立してきた。本書はその成立過程にスポットを当てる。これは、従来の英語訳のアンソロジーが、西鶴・近松・芭蕉など、主要な作品に目を向けてきたのとは、大きく異なる視点である。さらに、広い意味での文学とも言うべき、絵入り本・噺本・落語・俗謡などにも視座を広げて作品が取り上げられている。越境する江戸・明治の文学現象をとらえていると云ってもいい。英訳アンソロジーからの江戸・明治文学のカノンへの挑戦と云ってもいいであろう。それは狭い文学ジャンルにこだわらず、日本文学を客観視する海外の真摯な日本文学研究者ゆえになしえた業績と云ってもいいであろう。

もう少し具体的に触れよう。
本書は、日本のポップカルチャーを醸成した都市に着目する。3分冊は、上方・江戸・東京に磁場を置く。江戸時代初期から前期へ、文化の中心は上方にあった。それが東漸し、中期から後期では江戸が中心となり、明治になると東京が核となる。それぞれの特徴的な都市文化の諸相を伝えている。本書では、思想・歴史に関する著作や古典的雅文は含まれず、パロディなどにおける改作をポピュラー文学の中心的部分として扱っている。

次に挿絵などの絵の部分を重視している点をあげよう。
絵の扱いは、出来得る限り原本と同じ形式と同じくしている。これは英語圏の読者が、江戸・明治の時代の読者体験になるべく近いレベルで追体験できるようにという配慮である。この時代の俗文化は、ロゴセントリックではなく、ピクトセントリック、つまり絵による意志伝達が多いことを考慮してのものだ。言葉だけの翻訳では、到底この時代の面白さ、実体験的状況を得ることは出来ないのだ。

英語の文体にも触れておく。
本書の訳文の美しさは、推敲と校正の結果である。討議に討議を重ねた翻訳は、最終的には、出版社の依頼を受けて匿名評者2名の意見も取り入れ、それぞれの巻の最終的な校正とゲラ読みを行っている。訳者が、英文の文体に優れた専門家によるものであることも指摘しておく。

本書の読者想定は、高校生・大学生などをふくむ一般読者である。脚注などもつけず読み物としも興味が持てるようになっている。日本文学研究のテキストとしてはもちろんのこと幅広い日本文化の読者に読まれるであろう。第2巻・第3巻は既に米国・英国の大学で使われ、日本でもグローバル教育の一環として好評である。又、英文による主要学術雑誌(Journal of Asian Studies, Monumenta Nipponica, など)や日本の英字新聞(ジャパンタイムズ)に詳しい書評が掲載され高い評価がされている。

注目を浴びる日本の文化の基層を知り、世界に羽ばたくポップカルチャーの源泉を本書によりさらなる理解を深めてもらいたいものだ。

 

【追記】
編集主幹のスミエ・ジョーンズ先生は、2019年3月、コロンビア大学ドナルド・キーン研究所から、翻訳と編纂の業績に対してリンズリー及びマサオ・ミヨシ生涯業績賞を受賞しました。ちなみに2018年第1回生涯業績賞の受賞者は、上に挙げたハワード・ヒッベット先生であり、ジョーンズ先生はこれに続き第2回目の受賞者です。 ジョーンズ先生には、自由学園最高学部でお話していただいたこともあります。

本ブログの 第108回「ブルーミントン滞在記 インディアナ大学、ポピュラーカルチャー講義余禄」では、インデイアナ大学での講演の様子を、又 第126回「ヒベット先生追悼と甲斐美和先生」では、『毎日新聞』にも掲載されたヒベット先生の追悼文を掲載しています。
猶、本書は、アマゾン・紀伊國屋書店ウェブストアから購入できます。

 

2020年3月29日 渡辺憲司(自由学園最高学部長)

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