舟越美夏さん「悲劇に市民も加担した」/学部長ブログ - 自由学園 最高学部(大学部)/ 最先端の大学教育

舟越美夏さん「悲劇に市民も加担した」/学部長ブログ - 最先端の大学教育【自由学園 最高学部(大学部)】

学部長ブログ

舟越美夏さん「悲劇に市民も加担した」

2025年9月23日

震洋特攻部隊に所属していた男子部2回生舟越純一さんについて、純一さんの姪にあたるジャーナリスト舟越美夏さんが「悲劇に市民も加担した」 【舟越美夏✕リアルワールド】という文章の中で言及されています。

「悲劇に市民も加担した」 【舟越美夏✕リアルワールド】(オーヴォ) – Yahoo!ニュース

卒業生を戦地に送り出した学校として、私自身、自由学園と戦争の歴史に向き合い、次の世代に伝えることは大切なことと感じています。

舟越さんは第15震洋隊に衛生兵として所属。震洋は第4の特攻兵器と言われ、小型のベニヤ板製モーターボートの先端に250キロの爆薬を積み込み、日本領土に近づく敵艦艇に体当たりすることを目的に開発されたものです。第15震洋隊は東シナ海を玉洋丸で移動中、アメリカの潜水艦から2度の攻撃を受けました。舟越さんのご命日は、2度目の攻撃で艦が沈められた1944年11月14日とされています。同乗した震洋隊員戦没者名簿219名の中に、舟越さんのお名前が記されています。極秘作戦だったため資料はほとんど残されておらず、「誰も知らない特攻」とも言われていましたが、舟越純一さんの妹の秋吉美也子さんが長く地道な調査を重ねて論文等にまとめられ、私もこれまで様々な資料をお送りいただきました。

私が生徒と共に、戦没された卒業生について初めて調べたのは2005年。舟越純一さんについてもこれまでも生徒・学生たちにたびたび話してきました。

2022年には学生と共に知覧特攻平和会館を訪れ、復元された「震洋艇」を目にしました。

https://www.jiyu.ac.jp/blog/ga/85761

昨年末には、舟越純一さんと震洋特別攻撃隊に関心を持った学部生の一人が、かつて震洋特攻隊の基地があった長崎県川棚町を訪れ、「特攻殉国の碑」に「舟越純一」さんの名前が刻まれていることを確認し報告してくれました。

最上段中央に「舟越純一」さんのお名前

私もその写真を通じ、初めて川棚町の様子を知ることができました。(写真はすべて現在学部3年生のEさんによるものです。)また現在高等部にも、探求学習で熱心に自由学園と戦争というテーマに取り組んでいる生徒がいます。

今日の朝ドラ「あんぱん」は「八木上等兵」が戦地での自身の敵兵殺害行為を痛みを持って語り、加えてその「武功」により「金鵄勲章」を受けた過去が紹介されるという内容でした。これまでにはあまりなかった一歩踏み込んだ設定と感じました。

生徒、学生と共に戦争について調べ学ぶときに常に感じることは、今安全地帯に立つ私たちが、戦地に立った方々を語ることの難しさです。「加害」の立場での戦争を調べ語ることは、「被害」の立場で調べ語ること以上に困難が伴います。しかしより深く戦争の現実に向き合うためには、双方の現実に向き合うことが必要であると感じます。

舟越美夏さんの文章のタイトルは「悲劇に市民も加担した」というものです。どんな戦争も当事者が体験を語ることが困難な「悲劇」であるということ、また事実の継承には意図的な封印の力も働くということを、あらためて考えさせられる文章でした。悲劇に向き合うことが困難であるという、この「困難さ」自体に丁寧に向き合うことから、悲劇を繰り返さないことにつなげていく道もあるのではないかと思いました。

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