今週の一冊『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』/図書館 お知らせ・近況 - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】
図書館 お知らせ・近況
2026年8月3日
『未来からの遺言 ある被爆者体験の伝記』伊藤明彦著、岩波現代文庫、2012年(1980年初版)
もしかしたら違和感が生じるかもしれない本書のタイトルのなかに、ひとつの謎が沈みこんでいます。解くのではない謎、問われ続ける謎。
伊藤明彦(1936-2009)は勤務する長崎放送でラジオ番組「被爆を語る」(1968年11月開始)の制作に携わりましたが、1971年に同社を退社。以後、独力で被爆証言の「声」を記録し伝えていくことに生涯を賭けました。「広島・長崎・ビキニで実際に核兵器に被災した人々」から「その人自身の言葉と声で語ってもら」い、録音したテープは「公立の『原水爆被災記念資料館』に寄贈」し、「公的な力で保存・公開してもらうこと」を目的とするものでした。全国各地、約2000人を訪ね、その半分の人に断われ、1003人の方々に被爆とその後の人生を語ってもらった録音資料は、オープンリール951巻にもなったといいます。
本書は、1971年7月から1979年6月まで8年間におよぶ被爆者の声の収録が終わり、「伝える」ための音声作品制作という「二つの営為の結節点」に位置する作品であると、今野日出晴は「解説」で述べています。1980年に青木書店から刊行されたものの、「提起されている問題の深刻さからか、長く絶版になって」いたそうです。被爆者の肉声を残し伝えるという仕事も決して平坦な道ではなく、この意義が広く理解・評価されるようになったのは2000年代以降とのこと。今野日出晴による解説を付した岩波現代文庫版(2012年)によって、私たちはもう一度、「被爆者とは誰か」「誰の声を聞くのか」を問われることになります。
著者の伊藤が本書で取り上げる「吉野啓二」の被爆者体験は、彼が記録した数多くの声のうちのひとつ、などではなく、むしろ彼が心血を注いで集めてきた声の「正体」と向き合う体験だったともいえるでしょうか。この作品は昨年、テレビドラマ化され、さらに今夏は映画「八月の声を運ぶ男」(主演:本木雅弘)として全国各地で公開されます。
私たちは普段、当たり前のように倍速で聞き飛ばし、聞き流し、聞き捨てています。しかし一体何を聞いているのでしょうか?
81年目の夏、私たちは今一度、古い言葉「耳ある者は聞け」を思い起こしたいのです。未来の被爆者があるとすればそれは私たちなのですから。(村)
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