2024年8月12日
「夏休みすいせん図書」は10年以上、毎年生徒たちにお届けしていますが、HPに載せるようになったのはコロナの年からです。係が集まって冊子を作りことができなくなったことがきっかけになりました。今回は過去の冊子の中から、何冊かご紹介します。
数学 K.M.先生
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』梨木香歩著 理論社
これはほんとうに児童文学なのだろか?梨木香歩と言えば、映画にもなった『西の魔女が死んだ』がよく知られている。僕は女子部に移る8年前まで、長いあいだ男子部中等科2年の担任をしていた。毎年読書の時間には『君たちはどう生きるか』吉野源三郎(岩波文庫)を読んでいた。主人公は中学二年生のコペル君。本名は本田潤一だが、ゆえあって叔父さんからコペル君というあだ名を頂戴している。
本書は明らかに、1937年に書かれたその『君たちはどう生きるか』へのオマージュである。物語の語り手は、やはりコペル君という14歳の少年。コペル君が、引きこもっているクラスメイト(ユージン)の家を久しぶりに訪ねた春の一日を丹念に追う。ユージンが学校へ行かなくなる原因となった小学校時代の出来事が明らかになり、ショックを受けるコペル君。また、ユージンの家の庭にひっそりと隠れている少女の存在が明らかになり・・・。ヒトは群れで生きる動物だが、群れの中で自分を保っていくにはどうしたらよいのか?群れの中で自分自身と向き合いながら、どう生きていかなければならないのかという物語である。もちろん“どう生きるのか”の答はない。集団に順応し、流されていくこともある主人公をはじめ、さまざまなタイプの少年少女が登場する。重く深いテーマと向き合いつつ、春の清々しい一日を描く。
74年前の初代コペル君は、上級生にいじめられる親友に助けを貸さなかったことで自己嫌悪に陥り、苦悩する主人公だったが、今回はコペル君とその仲間みんなが主人公だ。戦前のコペル君は、豆腐屋の同級生との関わりから階級や貧困を目の当たりにしたが、本書にはジェンダーや環境問題がさりげなく編み込まれ、女子も疎外感を覚えずに読めるだろう。児童文学と言ってもよいのかもしれないが、社会生活を営む人間のあり方を問う深い内容の本だと思う。
ちなみに、僕は1980年代に「暮しの手帖」に連載されていたもう一冊の『君たちはどう生きるか』へのオマージュを思い出す。それは『君は大丈夫か―ZEROより愛をこめて』安野 光雅(ちくま文庫)。亡くなったお父さんの友人が、高校生の「順一君」に宛てた手紙という形式で書かれている。本の読後感をテーマに、友情や人生について温かい筆致で綴るエッセイ集。44の手紙を通じて語られる熱いメッセージはやはり、『君たちはどう生きるか』を源流としている。
英語科 J.M.先生
『The Black Book of Colors』 Menena Cottin文・Rosana Faría 絵 GroundwoodBooks
表紙から全てが黒一色の本なので、惹かれて思わず手に取って中を見てみたくなる絵本です。視覚障害者の方が体験なさるであろう視点に基づいて作製されています。ストーリーは、比較的易しい英語で書かれているので、高等科だけでなく中等科の生徒もそれぞれのレベルで楽しめると思います。ストーリーと共に、点字も添えられていて、絵の部分は、指で触れてイメージを確かめる工夫がなされています。英語に興味のある人だけでなく、美術に関心のある方など、広く皆さんにお勧めの一冊です。
『The Peace Bell』 Margi Preus 作 Henry Holt Company
第二次世界大戦中に武器を作る為に持ち去られたお寺の鐘が、その目的のために使われず、戦後それを見つけたアメリカ軍がアメリカに持ち帰ります。その後その鐘が日本に再び戻ってくるというお話です。実話ですので、このお話を聴いた事のある人も多いかと思います。「平和の鐘」と言うタイトルからも分かる様に、日本とアメリカ両国の友情について書かれています。英語の本ですが、日本人が挿絵を描いているので、風合いのある絵本になっています。日本の歴史の一ページを描いている実話を英語で読んでみませんか?中等科生は、絵を助けに読んでみてはいかがでしょうか?
国語科 T.N.先生
『詩画集 小さな祈り』 男鹿和雄・画 吉永小百合・編 汐文社
この本は、スタジオジブリの作品を数多く手がけた男鹿和雄氏(アニメーション美術監督・背景画家)の絵と、原爆詩を日本各地で朗読し続けている吉永小百合(女優)さんが選んだ詩のコラボレーション絵本である。見開きの右ページは全詩英訳が掲載され、ページを繰るたびに、静かな風景画と共に、詩のことばがひとつひとつ心に沁み込んでくる。
筆者は「若い人に、世界の人に読んでほしい」とあとがきの中で記している。そして「世界の人達が、これらの詩の存在を知り、英語だけでなく、それぞれの国の言葉で読んでもらえたら、きっと21世紀は核兵器のない世界になる。なってほしい。」と結んでいる。
子供から大人まで、年令を問わず、ぜひ手にとってほしい一冊である。
『神去(かむさり)なあなあ日常』 三浦しをん 徳間書店
この話の舞台は、三重県の山奥にある神去(かむさり)村。
ここの村人は何かと口癖のように「なあなあ」という。ちなみにこれは、「ゆっくり行こう」、「まあ落ち着いて」という意味で使われている。そんなゆったりとした時間が流れる神去村に、高校を卒業したばかりの少年が放り込まれ、林業の仕事に従事することとなる。この少年が、自然の中で人々と出会い、荘厳なる山と、温かな人情の中で成長してゆく物語である。
この本は純粋に物語を楽しむこともできるが、もう一つの楽しみ方もある。それは、『林業』の入門書としての楽しみ方である。海山の林業家、速水亨氏が初心者にもおすすめ!と言われた一冊でもある。作者の三浦しをん氏が実地調査による聞き取りを丁寧に行い、林業という職業とその周辺を忠実に描いている点でも面白い。