2021年度最後のみんなの日は、前夜の雷雨が嘘のように晴れ渡りきれいな青空の元で開催された。
最初に、残念ながら2月にお亡くなりになった仲間3期生の飯野宏さんのご冥福を祈って全員で黙とうし、礼拝をおこなった。(讃美歌405番)。
「忘れられない人々」 平川カツコさん(1期生)
学園を卒業後働くことになった幼児生活団でのこと。九州の実家から上京したものの、その日どこに泊まるかを決めてなく途方に暮れていたときに、「私の家にいらっしゃい」と申し出ていただき、急なことであったにも拘わらず気持ちよく泊めて下さった同僚のことをいつも思い出す。突然の来客になったのにも拘わらず、夕食をご家族と一緒にいただけた。後で考えるときっとお母さまの分を出してくださったのだろう・・その時に気づかなかった自分が恥ずかしい思い出とともに、良く思い出す。そのご家族の皆さんが忘れられない人々だ。
「教養講座」 「身近な縄文時代と縄文人」井口直司先生 文化財保存全国協議会委員
冒頭に、世界で国家ブランドとして認められているのはアジアで日本だけであり、ノーベル賞の授賞者の多さも欧米人と肩を並べてベスト10に入っている現代の「日本人の民度」の高さの背景には、日本の地形の成り立ちや、縄文文化を代表とする日本特有の文化が育まれてきたお話しだ。
日本列島の中で関東甲信越は海を越えた影響を一番受けにくく、地方の土器様式と異なっておりデザイン性の高い土器が多い。その関東の真ん中に‶東久留米‴が位置している。
湧水のある東久留米の水辺に沿って遺跡が見つかり、村を形成して人の営みがあったことがわかっている。
今までの日本、これからの日本を考える上で、日本人”らしさ”を伝えていけるのは私たち世代なのでは?という宿題をいただいた時間だった。
連絡事項とウクライナ支援
事務連絡の後、最高学部咲花先生からウクライナに対するするロシア侵攻により、ポーランドに避難したウクライナ学生に対する支援の協力を呼びかけた。ポーランドのポメラニアン大学と自由学園は以前より交流があり、学生が相互に訪問し合ってきた・・という関係で、ポメラニアン大学副学長より自由学園に対して協力の要請メールが届いたこと。これから先を長い目で見た時に、今後のウクライナを担っていく若者(大学生)を支援することを目的としているというご報告で、予告のない呼びかけだったが、当日だけで募金箱には約13万7千円の募金が集まった。
食事時間には、いつもLAのために昼食作りをして下さっている調理員さんの皆さんをご紹介して、常日頃の感謝をお伝えした。
午後「修業式」
開会の挨拶で石川リーダーより、コロナ禍という中で制約がありながらも、LA学生、講師の皆さま、そのほか沢山の方々のご協力のもと無事にこの一年を終えられたことに感謝の気持ちを述べた。
式には村山順吉理事長、髙橋和也学園長、赤木博子事務長が出席され、高橋学園長より各家族長に「ゆかり証」(1年の修業証)が授与された。
髙橋学園長からは、LA学生と自由学園との繋がり、中・高校生による「言葉の発表会」における世界との繋がり、そしてウクライナ支援に関係した最高学部交換留学先のポーランドのポメラニアン大学との繋がりのお話しをされ、人と人の繋がりの大事さを強調されました。また1930年に世界の教育者が集まる会議で創立者羽仁もと子が「教育こそが世界を平和にする」と発言しましたが、今こそ私達もこのことを共にする時。この一年、LAの中で皆さんが作り上げてきた繋がりと取り組みは学園にとって財産です。これからも皆さんと共により良い学園作りを進め、少しでも社会へと繋がっていきたいと述べられた。
2021年度の務めを終えたLA協力委員会恵良泰夫委員長と各委員は、学生の皆さんのサポートにより4人という少人数でも活動を続けられたことに感謝の気持ちを述べ、この6年という短いながらもLAの中で少しずつ成長してきた良い伝統が繋がっていくことを願っていると挨拶を締めくくった。
また、協力委員より講師の皆様に記念品の贈呈がおこなわれ、今年度で退任される中村顧問に花束が贈呈さた。
中村顧問より、初期の頃はここまで成長する今のLAの姿を想像できませんでしたが、協力委員のお話しの中に、短い年数ながらもLAに‶伝統‴が出来たという話に感動しました。学生の皆さんの協力のおかげでここまでこれたことに大変感謝しています。これからは、私も同じLA学生となりますのでよろしくお願いしますとのご挨拶だった。
自由学園協力会会長から、LA学生より多額の遺贈寄付やその他にも多くの寄付があったことへの感謝と今後も共に学園を支える仲間となって欲しいとの挨拶があった。
LA賛歌は、コーラスクラスの学生が初めて皆から離れて2階席から歌った。
最後に「ゆかり証」に貼る、全員集合写真が撮影され、またLAに新たな歴史が刻まれた。