2月11日(土)「みんなの日」/「みんなの日」の様子 - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

2月11日(土)「みんなの日」/「みんなの日」の様子 - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】

「みんなの日」の様子

2月11日(土)「みんなの日」

2023年3月4日

2月11日(土・祝)に2月の「みんなの日」を記念講堂で行った。前日の降雪により行えるかを心配したが、前夜の雨に加えて朝から気温が上昇し、予定通り行うことができた。ご本人やご家族で体調を崩される方もあって欠席者が多くなりLA生101名が出席、4名がオンラインで自宅から参加した。

はじめに、石川リーダーの司会で礼拝が行われ、讃美歌298番「やすかれわがこころよ」をコロナ感染を考慮して小声で賛美した。  

<「忘れられない人々」1期生・村田藤江さん>

「忘れられない人々」は、1期生の村田藤江さんが、高校3年生の時に出会った吉田鋼志先生についてお話しされた。(村田さんは1期生として入学されたあと、5年間お休みされ、今年度LA生に戻られました。)

私が高校3年生の時に、忘れえぬ人・吉田鋼志先生に出会った。私の父は「女には学問なんていらない」と一方的に決めつけ、進学を認めてくれない。そんな中でどのように進むかとぶつぶつ話す私に対して、先生は私自身も気付いていないよさや可能性を見つけて「学んで仕事を持つと自立できるよ」と励まして下さった。 去年1月、「先生ががんでまた入院したけど、今度はアブナイ」と聞いた。2月に思い切って電話をかけると、鮮やかに私たちのことを覚えておられた。3月には同級生4名と先生ご夫妻とLINEグループで毎週土曜日思い出を語り合った。4月に入ると先生の言葉も少しずつ短くなり、ついに奥様から「私にありがとうと言って、天国に行きました」と連絡が入った。先生は最後まで、一人ひとりを気にかけ、話を聞き、その話の中から可能性を見つけて下さる先生だった。

<教養講座『アンデス先住民はインカの末裔~地域の中の先住民社会』木村秀雄氏>要約

今年度第8回の教養講座は、木村秀雄氏(東京大学名誉教授・自由学園最高学部特任教授)に『アンデス先住民はインカの末裔~地域の中の先住民社会』と題して、お話をしていただいた。

1)アンデス山脈の形成

南アメリカ大陸の西岸に沿って南北に連なるアンデス山脈は、約1億年前に始まったゴンドワナ大陸の分裂以来西進する南米プレートの下に東進するナスカ・プレートが潜り込んだ結果、約3000万年前から形成された。雨水が貯まると天空を映し出すことで有名なボリビア西部のウユニ塩原は、山脈形成前には海であったため、海水の塩分が山脈中に堆積されたものである。アンデス山脈の形成によって、南・北・西を塞がれたアマゾン川は西から東へと流れるようになった。

2)アンデス文明の変遷

アンデスにおいては全域に共通した文化が広がった時代が3回(チャビン、ワリ、インカ)あったが、その間には各地に日本でも有名なナスカなど別々の国家・文化が存在していた。ペルー南部の山間部にあるクスコ盆地からインカが急速に勢力を拡大して、15世紀の終わりにアンデス一帯に広がるインカ国家(いわゆるインカ帝国)が成立した。しかし1533年にスペイン人によって征服されアンデス文明は終焉を迎えた。インカがどこから来たのか、彼らがどんな言語を話していたのかなどについては文字がなかったため記録がなく、その詳細はよくわかっていない。

3)インカ国家

エクアドルからチリ南部までを領域に収めたインカ国家は、クスコ時代から数えても数百年しか続かなかった。インカ期の遺跡と目される世界遺産「マチュ・ピチュ」から1000m程高い3,400mの標高に首都クスコがある。インカは各地の政治集団を間接統治したが、被征服民族を移住させる制度を使って未開拓地の開発と反乱抑制を図った。エクアドルのキチュア、ボリビアのアマレテなどが移住させられた人々(ミティマ)の後裔である。

4)スペイン人による征服

クリストフォロ・コロンボが1492年に新大陸を発見。その後、パスコ・ヌニェス・デ・バルボアがパナマ地峡を横断し1513年に太平洋に到達。さらに、フランシスコ・ピザロが、パナマから南米海岸を南下し、2度ペルー北部に到達・撤退を繰り返したあと、インカ王(皇帝)アタウワルパを1532年に捕獲し(1533年に処刑)インカは滅亡した。この征服はスペイン人だけの力で成し遂げられたものではない。それはコルテスによるアステカの征服と同様である。インカやアステカに圧迫されていた他の先住民の政治勢力がスペイン軍に助力したために征服は可能だったのである。さらに、アステカにおいてもインカにおいても、スペイン軍の到達前に旧大陸起源の疫病が蔓延したことも、先住民国家の抵抗力を奪ったと考えられている。

5)支配の様態

スペイン統治下では広範囲に分散する小規模な先住民集落を、計画的に造られた大きな区画に統合する集住政策が行われた。その目的は、先住民のキリスト教化を促進し、租税の徴収と賦役労働者の徴発を容易にすることにあった。またスペイン人による土地の私有化が認められると、先住民共同体は標高3500m以上のジャガイモ・ゾーンに押し込められ、商品化が可能な標高3500m以下のトウモロコシ・ゾーンと優良な牧草地はアシエンダによって強奪された。共同体はアシエンダ領主が力をふるう地域社会から隔離され、ア先住民語・文化が存在し続けることになった。

6)ボリビア北西部渓谷地帯のカリャワヤ

カリャワヤは薬草売りや呪術師として名高い民族集団で、かつてはプキーナ語を話していた。彼らの文化伝統は世界無形文化遺産として登録された。現在のカリャワヤで大きな勢力を誇るアマレテはインカ期のミティマの後裔で、カリャワヤの中心勢力とは一部対立関係にあるうえ、ペルーから移住した混血住民が強い勢力を誇る。アマレテでは、ジャガイモなど根茎作物を3500m~4100mでローテーションで7年に1度耕作、トウモロコシや麦・豆を2700m~3500mで輪作、羊を4100m以上で放牧と生産ゾーンを設けており、作物・品種の多様性によって農作物の単一品種で見られる全滅を防いでいる。そのため自給性・閉鎖性が保たれており、大規模な農耕儀礼も現存している。

教養講座終了後、LA賛歌を歌った。

<諸報告>

①来年度パンフレットとその内容のホームページへの掲載について

②来年度のLAの活動について

③午後の説明会の準備などのお手伝いについて

午前の部終了後、体操クラスの渡邉恭子先生のご指導により、全員で座った姿勢で生活体操を行う。

<昼食> 

昼食は、祝日のため、外からお弁当を購入し、記念講堂で黙食。

協力委員会から、3月の「みんなの日」終了後に計画している、昨年亡くなられた創設者市岡揚一郎氏の記念樹の植樹と感謝会開催についての報告があった。

<午後の集い:2023年度説明会>

13時30分より、2023年度リビングアカデミーの説明会が行われ、LA生に加えて、希望者20名が出席した。

1)石川リーダーから、ご挨拶に続いて、自由学園とLAについての説明。

2)選択クラスから、樹木、野鳥、着物リメイク、気功、外国人と親しむ英会話、自然酵母で美味しく、ステンドグラスについて、受講しているLA生による報告。

3)E家族とH家族の家族長から家族の活動についての報告。

4)はたらき隊から、キワニスドールを作る会が、制作したキワニスドールを見せながら報告。

5)協力委員からLA祭などの活動の報告

6)質疑応答

15時30分に終了した。

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