「殺し殺される」戦場からの声/前学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

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前学園長ブログ

「殺し殺される」戦場からの声

2023年8月29日

シャガール展に出かけた世田谷美術館で、入り口正面のブロンズ像「わだつみのこえ」に足が止まりました。彫刻家本郷新さんの1950年の作品です。

本郷さんは自由学園とゆかりが深く、1942年に山本鼎の招聘で自由学園の美術教師となり、私の住む学園長宅の庭には本郷家からご寄贈いただいた本郷さんの素晴らしい作品「朔北の母子像」もあります。
私は札幌の本郷新彫刻美術館にも何度か足を運び、「わだつみのこえ」も目にしてきましたが、世田谷美術館にこの像があることをあらためて認識しました。

この「わだつみのこえ」像は、戦没学徒兵の遺稿集『きけ わだつみこえ』の出版収益の一部を使い本郷さんに制作が依頼されたもので、本郷さんはこの像に「平和への祈りをこめた」と語られています。その意味では広島平和記念公園の本郷さんの作品「嵐の中の母子像」に通じるものです。

しかしこの像はどこに設置するかを巡り議論が起こります。折しも作品制作の1950年、朝鮮戦争が起こり、非軍事化・民主化からの「逆コース」の動きが始まる時期でした。また学生運動の中では暴力により像が傷つけられるという苦難も経ています。

今回この作品の足元のプレートをよく見ると「戦没学生記念像 わだつみのこえ」とのタイトルに、
Memorial to Students killed in the War Voice of the Sea
の英訳が当てられていることに気づきました。

「わだつみ」はthe Seaと訳されていましたが、この一つの単語でこの語の含みを伝えることはなかなか難しいと感じました。

古語の「わたつみ」は「海(わた)つ霊(み)」、海の霊、海の神の意味があり、日本書紀では「海神」、古事記では「綿津見」の字が当てられます。命を養い生み出す海の神を崇め、綿津見神をまつる神社は日本各地に広がっています。

海を持たずアルプスが聳える長野の真ん中の穂高神社の祭神も、綿津見-穂高ー安曇と、神話の時代から続く海神一族の系譜であることを思うと、日本人が抱き続けた海への想いの深さが感じられます。

プレートを見てもっとも考えさせられたのは、「戦没」がkilled in the War と訳されていたことです。英語のこのkilled in the War という表現からは、日本語の「戦死・戦没」という言葉以上に、人間が主体となって「殺し殺され」ねばならない戦争の非道さ、恐ろしさ、悲しさが伝わってきました。私たちが想像力を持って耳を傾けなければいけないのは、「殺し殺される」戦場に立ち、帰らぬ人となった人たちの、声にならない声ではないかと思います。

私は本郷新さんの「わだつみのこえ」像に、均整のとれた身体的な美しさと共に、物思いに俯いた視線やヴァイオリンを手にしているような複雑な腕の動きなどから、静かな、しかし強い精神性を感じます。

プレートの英訳を読み、もう一度像を見上げ、このような若者たちについて、思いをめぐらせました。

2023年8月25日 高橋和也(自由学園学園長)

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