「新聞博物館企画展『 関東大震災100年』の重み」/前学園長ブログ - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

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前学園長ブログ

「新聞博物館企画展『 関東大震災100年』の重み」

2023年10月12日

関東大震災発生から100年を機に、「ニュースパーク(日本新聞博物館)」で企画された『そのとき新聞は、記者は、情報は ー 関東大震災100年』を見ました。とても重い内容でした。

新聞社や記者がどのように被災し、その中でどのように報道の使命を果たそうとしたか、またデマや流言飛語の拡散が生んだ虐殺行為のありさま、その拡散や収束に新聞が、国家が、市民がどのように関わったかが、当時の紙面と共に紹介されていました。

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今回の企画展でもっとも重い内容だったのは、「不確かな情報、流言・デマ、混乱」のコーナーに並んでいた、多くの朝鮮人の虐殺が市民の手で行われていたことを示すいくつもの記事でした。言葉を失うような内容でした。

「不確かな情報」は、悪意からではなく、不安からくる「善意」による積極的拡散も多かったことも想像され、恐ろしさを感じました。壊滅的な災害時の情報選択の重要性と困難さも感じました。

一方、展示紙面を通じて、山本権兵衛内閣が9月5日に「民衆自らみだりに迫害を加えるようなことは」好ましいことではないと告示を出し、さらに7日には「流言浮説取締令」が緊急勅令として出されていたことも知りました。しかし虐殺行為はその後も続き、政治の責任を問う徳富蘇峰のコラムも紹介されていました。

無政府主義者の大杉栄とその家族が憲兵の手により殺害されたのは9月16日ですが、このような政府の動きを勘案すると、その行為の犯罪性がより明らかなものと理解できました。これを扱う紙面も展示されていました。

この企画の全体が、非常時に飛び交う「デマ」が生んだ狂気の事実を知ることにより、同じことの繰り返しを防がなければいけないという、平時にある私たちの理性への訴えであると感じました。

災害やテロ、戦争等により情報が途絶え錯綜する非常事態は、100年前だから起きたことではなく、個別の情報ネットワークが張り巡らされ、意図的情報操作が容易に行われうる今だからこそ、より真剣に向き合うべき課題なのだとあらためて認識しました。

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「 震災発生 そのとき新聞社は、新聞は、記者は」のコーナーでは、記事の中に「婦人之友社」の名前を見つけました。

新聞社の被害は大きく、報知その他数社以外は崩壊・焼失で社屋を失い、同様に岩波、改造社、実業之日本社など雑誌社の大半が焼失、残った雑誌社5社の中の1社として婦人之友社の名前がありました。

取次は全滅、印刷工場もほとんど焼け、大きな工場で唯一残ったのが市谷の秀英社のみ。現在も婦人之友が印刷されている大日本印刷の前身です。

この状況下で婦人之友社が出版を継続できたのは奇跡的なことだったと知りました。そしてそれは社屋が出版社が集まる神田周辺ではなく、郊外の雑司ヶ谷にあったためでした。

これについては当時、取次からも、出版関係は仕事が成功するとまず神田にでるが、こんなとんでもない雑司ヶ谷の奥の芋畑の中に事務所を建てるとは、あなた方はよほど変わってると言われた、と吉一先生がお書きになっています。

しかしこの場所は1歳7ヶ月で亡くなった次女凉子さんの墓所雑司ヶ谷霊園の近くにと選ばれた場所でした。凉子さんによって婦人之友社は守られたことを感じました。

企画展は12月24日まで。
https://newspark.jp/exhibition/ex000334.html

高橋和也Facebook 2023年10月10日

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