【総合】名栗作業道設置と川上・川下一貫の学び/環境文化創造センター - 一貫教育の【自由学園】/ 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上

【総合】名栗作業道設置と川上・川下一貫の学び/環境文化創造センター - 幼稚園・小学校・中学・高校・大学部・45歳以上【一貫教育の自由学園】

環境文化創造センター

【総合】名栗作業道設置と川上・川下一貫の学び

2021年7月15日

さる5月21日に飯能市および工事を請け負った西川広域森林組合と,森林認証林である自由学園分収造林地での作業道開設の事業終了の確認,および飯能市との協定書に基づく観測機器設置の確認,ならびに工事に関する報告書の受領を行った.その後,市役所を訪ね,お礼を申し述べると共に協定に基づく今後の協力を話し合った(当方はセンターの杉原,鈴木,吉川,遠藤).なお,森林認証や協定,作業道開設は,これまで長年の育林の努力が体化された森が,今後の活動も視野に入れ,分収林のモデルになりうると評価されて実現したものである.

 

作業道終点の尾根に設置した簡易気象観測機器(5月21日)

 

1.名栗(正丸峠)分収造林地の作業道完成

作業道設置は,本伐・間伐の促進等の育林に大いに寄与するだけではなく,以下に述べるような展開につながる.

1)教育利用の促進:

現在は,現地での初等部や名栗小学校の学習林体験活動が長年行われている(男子部山本幸右元教諭による).その他にセンターでは毎年飯能市内小中学校との「水と緑の学習フォーラム」への参加を行っている.作業道により分収造林地の中に小学生でも徒歩で入りやすくなることから,自由学園でも新たな学びへの検討がはじまっているが,市内小中学校による今後の植林地の利用についても当日,市と話し合いを行った.

2)研究の促進:

自由学園の創立者らが,山での学びは「労働,研究,静思」と述べた「研究」のところが,作業道設置によって加速されるであろう.早速,分収造林地の沢を集めて横瀬川に接続する場所に森林からの水の流出量測定のための観測機器設置が市に認められた.今回の作業道設置に伴う間伐で間伐前後の立木の調査で,これまでの人力による毎木調査とともに3Dスキャナーによる調査による比較が行われたことも今後の観測研究への手がかりになる.

3)再植林への可能性:

名栗の分収造林地は,1950年より湯ノ沢地区の薪炭林を当時の名栗村からお借りし地元の指導,参加によって植林を行ったのであるが,当初は20~30年で伐採して再植林する予定であった(分収造林契約も当初30年間).しかし,ちょうどその頃に当初から名栗植林地に尽力されてきた宮嶋眞一郎教諭がお辞めになったこと,生徒などの人力による細い山道を使った搬出ではなかなか難しいものがあって実施されず,植林の体験のために,海山,黒羽と他の分収造林地へと展開したため,その後の間伐も名栗では限定的で,名栗の木は生徒・学生の手には負えない70年ものになってしまっていた.今回の作業道は,本伐・間伐を促進し,パッチワーク状の伐採による針広混交林化や再植林の可能性をもたらし,2.に述べる本来目指していた一貫した循環の学びを実現できよう.

(今回作業道敷設とともに行われた間伐で出された生徒たちが育てた木は,南沢キャンパスの実習圃場内を流れる立野川の橋や木工などに使われる.大径木でなければ,以前,農工大のご指導を受けて実験しメーカーとも共同開発した布修羅(ぬのしゅら)を作業道への搬出に利用できよう.)

ちなみに,伐採には育てたいのちを無駄にしない役割がある.名栗では,農業資材や足場材用に間伐材や速成木(山武杉を導入)をあて,建築部材には中径木用の木(吉野杉を導入),柱などの大径木には名栗の実生杉と,育て分けて,伐採時期の異なるものオーバーラッピングさせ需要に対応することで,短期~長期に対応できる林業経営を成立させていた.戦後では,一般に本伐期Max 50年とされていたが,国産材需要の低迷とともに,気候変動対応のCO2の吸収源として森林(保安林)が用いられ,現在では本伐期100年などとされているが,放置にもつながって傷みも生じやすく,用材化できずにチップにしてバイオマス燃料にしてしまうのを見るのはつらいものがある.

 

開設された作業道の確認(5月21日)

 

2.名栗と川上・川下一貫の学び

戦前に名栗は,日本における杉・檜の3大生産地の一つといわれて特に良質であることで有名であった.江戸期では江戸の西の川から来る木材ということで,この辺りの杉・檜は優良な材の代名詞として「西川材」と呼ばれ,日光杉並木の木も名栗の木で,江戸城大手門の用材にも用いられたといわれる伝統のあるものである(「近世~現代名栗村の地域経済に関する研究序説」『生活大学研究』参照)

創立者の「人を育てるのは木を植えるようなものだ」「木を植え育てるということは長い間かかってその成長を見るという点で教育的に意味がある」という考えに基づき,1940年代の初めに発足した自由学園の那須農場では,農場で使う用材のための杉の植林は始まっていたが,そもそも名栗は,農場発足の5年前には農場の候補地としても検討されていたのである.2015年からは(一社)名栗すこやか村(代表:男子部19回生柏木正之氏)と協定を結び,動態保存している古民家施設(築135年)も宿泊等に使わせていただきながら,主に最高学部生が4か所の育林や地域活動,フィールド研究に従事している.

名栗を流れる名栗川と南沢,学園内を流れる立野川は,どちらも新河岸川を経由する荒川水系で,名栗と南沢はその川上と川下にあたる.これには自由学園の教育にとって象徴的な意味がある.学園には農場(那須,南沢)や複数の植林地があるが,職業専門学校としてそれらを学びの場にしているのではない.「めいめいに自分の生(いのち)のよき経営者」であるため「自ら教育することに熱心になるように」することが,自由学園発足のおりに目的とされ,食や農,木の学びでは,いのちを受け継ぎ,育てるところからはじめ,いのちを頂き,利活用し,次世代に渡す,という川上・川下一貫した全体の循環プロセスを学ぶのである.

このことは,今回の名栗の観測体制にも当てはまる.われわれが通常使う気象や各種データは数字となって利用される.しかし,そのデータは人間が自然界からダイレクトに導き出したわけではない.例えば,風速計*1はモーターの回転を経由し,雨量計*2は雨量計内の小さな鹿威(ししおどし)でのカウントを経由したりと,先人が様々な知恵を出し道具や機器を工夫して自然界の現象の代理(変数)として定量的に導き出したものである.そのような機器のない時代にはどうしたのか?古えの人は風を,方位別に,強弱,寒暖,季節,吹く時間の長短等の特性によって,地域ごとの生活にあわせて名前を付けて定性的に識別しようとした.日本には3つの地域系統で,あわせて2,145の風の名前がある.その川上の生(なま)の自然に直に接して,データがどのように得られるのか,その特性も踏まえて,川下の分析を行うことで,初めて一貫した本物,真の研究を行うことができるのである.         

 

*1 (風向)風速計の例(自由学園南沢キャンパス屋上露場設置)
*2 雨量計の内部構造の例(自由学園南沢キャンパス屋上露場設置)

 

文:杉原弘恭(環境文化創造センター長)
写真:吉川慎平(環境文化創造センター研究員)

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