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学園長のブログ「一生につなぐ毎日」

とてもうれしいお知らせです。
自由学園女子部生徒が毎日作っている昼食のレシピをまとめた本「自由学園 最高の『お食事』~95年間の伝統レシピ~」が刊行されます。女子部50回生、74回生の卒業生ボランティアチームの皆さんが、「愛する母校への恩返し」という思いで製作にあたってくださいました。

自由学園女子部では1921年の創立以来、生徒たちのお昼のご飯を生徒たち自身の手で作り、教師も生徒も一堂に会し、共に食卓を囲んで、温かい昼食をいただいています。現在は中1から高2まで5学年が日替わりで、家庭科の授業時間の範囲で週に2時間、このお食事作りを担当し、経験を重ねた高等科3年生は、クリスマスのお祝いなどのお食事作りを担当します。

薪でご飯を炊き、野菜を切ることから学び始める生徒たちは、高校を卒業するまでに魚料理やルーを使った料理、揚げ物など、一通りの料理を身につけます。調理から始まったこの実践に、畑での作物の栽培が加わり、「育てる」「調理する」「共に食卓を囲む」「片付ける」という、食の循環を体験する学びに発展しています。

 

2005年に施行された食育基本法には「子どもたちが豊かな人間性をはぐくみ、生きる力を身に付けていくためには、何よりも『食』が重要である」「今こそ、家庭、学校、保育所、地域等を中心に、国民運動として、食育の推進に取り組んでいくことが、我々に課せられている課題である」とありますが、自由学園で「食」を教育の一つの柱とする取り組みを始めたのは、この食育基本法の80年以上も前のことです。

今年度私は、女子部高等科3年生の「学園の思想」の時間を担当しましたが、その中で「自由学園の特色ある『食と農』の実践を通じ、皆さんは何を学んできましたか」と問いかけました。そして皆で議論し、チームごとに考えをまとめ、プレゼンテーションをする、という課題を出しました。

あるチームは35項目の多岐にわたる要素をあげた上で、それらを「知る・学ぶ」「技術を身につける」「心を育む」の3つのグループに分類しました。これらはちょうど自由学園のモットーである「思想しつつ 生活しつつ 祈りつつ」に重なるものでした。「食の循環」「物事の背景」といった知識や食にかかわる生活技術と共に、多くの人が「人としてのあり方」「状況判断と問題への対応力」「失敗からの調整力」「協力の大切さ」「いのちの大切さ」「よく生きること」といった、生きる姿勢について語りました。

自由学園では「生活即教育、実学、知行合一」といった言葉で、実践を通じて学ぶことを重視してきましたが、このお食事作りは、まさに100年前から行っている自由学園型アクティブラーニングの代表です。また最近「女子力」という言葉が話題になっていますが、自由学園の創立者は100年以上前に「良妻賢母主義を基とする女子教育の価値なきはもはや他言を費やすに及ばず」と、当時必須とされていた良妻賢母教育を批判し、「いったい男女を教育するにはこれを人として教育すべきが至当」と述べています。自由学園で育てたい力は男女を問わず自立して生きていくための、人生の土台となる「人間力」です。生徒たちがこれを実感していることはうれしいことでした。

このような「食の学び」の実践に、国内外の多くの方々が関心をお寄せくださり、今年度も多くの見学者の方をお迎えしました。つい先日も、「1000を超える日本と世界の学校給食の現場を調査してきた」という「食育アドバイザー」の方が、昼食の場で「自由学園は世界のトップを走っている」と評価してくださいました。
自由学園では学校で皆でいただく昼食を「給食」とは呼ばず、「お食事」といっています。これは「与えられる食事」を意味する「給食」ではなく、「大きな家庭としての学校」で、皆で作っていただくお食事だからです。このような意味で、「自由学園 最高の『お食事』」というタイトルはうれしいものでした。
掲載レシピは82品。この中には卒業生の方々にご協力いただいたアンケートによる人気メニュー、「シェパーズパイ」「チキンピラフのホワイトソースがけ」「希望満充」なども含まれています。数百人分の学校での材料と分量を、4人を基本とする家庭用に変えて紹介されています。

自由学園女子部の生徒たちが毎日作っている「お食事」、ぜひ多くの方に味わっていただければと思います。
発売は3月30日、全国の書店に並びます。Amazonでの予約も開始しています。
http://amzn.to/2lr0UaM

2017年2月24日 高橋和也(自由学園学園長)




「木が多くていいけど、落ち葉も多くて大変ですね」
今朝、学園長宅前の道を掃いていると、声をかけてくださる方がいました。二言三言、言葉を交わした後、「お近くにお住まいですか」と伺うと、「清瀬です。こちらの学校に、年に二回、包丁研ぎに来てるんですよ」とびっくりする答え。ここ数年、包丁の研ぎをお願いしている中山さんでした。私はお話は伺っていましたが、お会いするのは初めてでした。

食を教育の一つの中心においている自由学園において、調理に使う包丁はこの生活と教育を支える最も重要な道具の一つです。
学校と寮のすべての台所の100本以上の包丁を、すべてお一人で「手研ぎ」で研いでくださっている中山さんは、自由学園の食事と食事作りとを陰で支えてくださっているお一人です。

中山さんのご出身は石川県。ご実家は山中漆器の塗師の家で、中山さんも若い頃に塗師のお仕事をなさっていたとのこと。道具の木ベラを削る小刀研ぎをしていたことが今につながっているとのお話でした。
またナイフなどもご自身で鋼材から作ってこられたそうです。

 

自由学園の台所で使っている包丁は「有次(ありつぐ)」。
京都の刀匠「有次」をルーツとする歴史と由緒あるメーカーの上等のもの。
男子部の東天寮の包丁は、更に高級なものだと伺いました。刃物の歴史も興味深いものでした。

 

 

研ぎには段階的に5種類の砥石を使います。
はじめに刃のこぼれなどがあるときには120番の荒砥で整え、耐水ペーパーで全体を磨いた後に、300、800、1200と砥石を変えながら刃の状態を見ながら丁寧に研ぎ、最後に仕上げとをかける。革を使って刃の返りを磨き落とし、研ぎ上がりです。その一つひとつの工程が大切だそうです。

新聞紙を使い研ぎあがった包丁の試し切りをすると、刃が吸い込まれていくように紙に入っていきました。
「よく切れる包丁を使っていると肩も凝らず、疲れない。切れない包丁だと、押し切りをするのでよい仕事にならないし、疲れる」という言葉が実感できました。この試し切りの切れ味に違和感を感じるときは、刃こぼれや研ぎ残しがあるときだそうで、作業はすべての刃を付け直す120番の荒砥からのやり直しとなります。

何気なく毎日の調理で使っている包丁の手入れが、このように心を込めて細やかな配慮のもとになされているということを知ると、包丁の使い方にも感謝とともに、大切に使おうという配慮が生まれることでしょう。刃物は、火と水と共に、人類文化の発展の一つの重要な土台です。ぜひ包丁を使うすべての生徒たちに、刃物との付き合い方の基本として「包丁研ぎ」を学んでほしいと思いました。

この鮮やかな研ぎの仕事ぶりを拝見しつつ、私の頭の中には一つの言葉が浮かんでいました。
昨年12月30日にお亡くなりになった渡辺和子先生が教えてくださった、「木を伐るのに忙しくて、斧を見るひまがなかった」という言葉です。
1990年の3月の卒業式で来賓としてご講演くださった際のお話の一節です。

私たちは朝から晩まで忙しく木を伐ること、つまり仕事をし続けていると、木を伐ることに心を奪われ、木を切る斧である自分自身を見つめることを忘れてしまう。そしてあるとき斧の刃がボロボロに欠けて、あるいはなまってしまって木も伐れない状態であることに気づく。どうか斧である自分自身を見つめる時間、自分自身を整え、刃を研ぐ時間を大切にしてください。木を伐ることに「忙しく」することが、自分の心を亡くし、滅ぼすことのないように。「ひま」は「日間」であり、太陽が注ぎ込む時間、神様の光が差し込む時間に通じるもの。神様の愛が染みとおる時間を大切に、人生を送ってください。このような心に染み入るお話でした。

新しい年、新しい学期を迎える今、新しい志、新しい計画と共に、自分自身の斧の刃を見つめ、刃を研ぐ時間、周囲の仲間の斧の刃を見つめ、ケアをする時間、そして神様の愛を体の芯で感じとる時間を大切にし合っていきたいと思います。

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

2017年1月6日 高橋和也(自由学園学園長)




8s 自由学園は学校内にプロのパン職人の方々が運営するパン工房を持ち、生徒・教職員が共にする昼食で、パン食の日には毎日、おいしい焼きたての手作りパンをいただいています。

毎日のことなので私たちにとっては当たり前のことになっていますが、保存料、甘味料、着色料などを一切加えず、安心安全な原材料により心を込めて焼き上げられたパンを、子どもたちが毎日食べることができるということは本当に恵まれたことです。

「作業開始は人によって違うけど、早い人は毎日5時前。その日の食パンなどの仕込みがその時間から。
自由学園のパンの特徴は、粉と水と砂糖と塩というオーソドックスなものを作り続けているところ。余計なものは加えない。
一番心がけているのは、学生が喜んでくれるようにということ。
焼き上がりの色など、見た目にもきれいであるように温度管理には気をつけている。」
現在の責任者緇荘(くろそう)恒雄さんのお話です。

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自由学園に最初の「パン小屋」ができたのは昭和15年。石窯や発酵室も備えたものでした。米不足を補うためもあり、女子部卒業生岡田言子さん(14回生)、米村小夜子さん(17回生)の指導で生徒たちが雑穀パンを焼きます。しかし2年後には原料の調達が困難となり、パン焼きは中止となりました。

現在の自由学園のパン工房のルーツは、大正2年京都に創業した由緒あるベーカリーショップ「進々堂」さんです。
「進々堂」創業者は続木斉さん。日本人で初めてパリへパン留学し、帰国後、ドイツの窯を輸入してパンの製造販売を開始。今でこそ当たり前のスライスした食パンの販売は「進々堂」の考案。斉さんの奥様ハナさんが羽仁もと子先生の「明治女学校」時代のご友人ということもあり、昭和10年、お子さんの満那さんを東京の自由学園男子部に送ります。満那さんは男子部1回生です。

昭和30年1月、完成したパン工場でコンコンブル作りのお手伝いをする女子部生徒

昭和30年1月、完成したパン工場でコンコンブル作りのお手伝いをする女子部生徒

時はめぐって、昭和30年。自由学園は何とか戦中戦後の食料不足の時代を乗り越えていましたが、創立者の羽仁もと子先生はかさむ学校でのパンの購入費をどうにか改善できないものかと、「進々堂」の続木満那さんにご相談。満那さんはこれに応えて腕のよい職人さんを次々と学園に送って下さり、学園内に本格的なパン工場が完成。学校でパンが焼けるようになりました。以来、自由学園のパン作りのバトンは幾人もの職人さんの手で受け継がれ、60年を越える歴史を刻んできました。そして多くの生徒たちがこのパンで育っていきました。

現在の「進々堂」の代表は満那さんのご子息で男子部34回生の続木創さん。偶然にも、この続木さんと男子部1回生の竹下晃朗さんが、京都を代表するパン屋さんとして、「コムギケーション倶楽部」というウェブサイトに、お2人並んで紹介されています。

竹下晃朗さん  http://www.comugication.com/choju/kyoto_interview01.html
続木創さん    http://www.comugication.com/choju/kyoto_interview02.html

「『パン造りを通して神と人とに奉仕する』という斉の原点の思いは、1世紀を超えた今も『進々堂』に引き継がれています」という続木さんの言葉には、襟を正される思いがしました。また、竹下さんの、「石臼も、石窯も、すべて私がつくりました」というその技術と精神、95歳現役というパワーに、男子部1回生の大先輩の迫力を感じました。12月5日発売「うかたま」第45号「パン特集」でも竹下さんの取り組みが紹介されるそうで、そちらも楽しみです。

今日もパン工房では朝早くから、人知れず生徒のためのパン作りが始まりました。
そして午後2時を回った頃にはすべての作業が終わり、工房内はすっかりきれいに片づけが終わり、器具類も整えられ、床も掃き清められていました。
そこには厳かさのような静かな空気が感じられました。

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作業が終了後、清潔に整えられているパン工房内

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パン工房の皆さん

 

 

 

 

 

 

春夏秋冬、雨の日も風の日も雪の日も、電車が止まってしまうような日にも、真暗な朝早くから仕事にとりかかり、私たちの「日用の糧」であるパンを心を込めて焼き続けてくださるパン工房の皆さんに、生徒・教職員一同を代表して心より感謝申し上げます。
ありがとうございます!そして明日もよろしくお願いいたします。

2016年11月22日 高橋和也 (自由学園学園長)

 




いよいよ明日は美術工芸展。img_0489
ここ数日、私も何度か準備が進められている会場を回りました。年齢に応じてそれぞれの部の特長がそれぞれに現れていると感じました。

昨日男子部の会場に足を運んだときのこと、男子部中等科2年生が書いたパステル画がとてもよかったので、私は先生に「この作品はいいですね」とお伝えしました。
すると先生は「びっくりしましたよ」とおっしゃいました。自分にも描けないすばらしい絵だということです。それは椅子に座り足を組んだモデルを後ろから描いた絵でした。先生は羽織っているカーデガンの中にしっかり人の存在が感じられる、これは子どもの絵ではありません、という評価でした。

私は「それを本人のお伝えいただいたでしょうか」と伺うと、「伝えましたけどね、本人は真に受けないんです。自分もそうだったのでその気持ちはよくわかります。お世辞を言ってる、あるいは恥ずかしい、そんな気持ちでしょうね」とのこと。

別のところには風景を描いたはずの油絵に、ばらばらにした自分の名前の漢字の部首が書き込まれた作品がありました。先生はその作品についても「よい色使いで迷いがないところがいい」とおっしゃいました。描くべきものは風景なのにそれを描いていないからだめだという評価ではない軸で先生が評価されていることがわかりました。さっさと描いた雑なように見える絵の前では、「雑だからだめだということでもありません。これもよい作品です」ともいわれました。

自分自身の中にどのような力があるのか、これは中々わからないものです。生徒各々がどのように自分に気づき、自分を受け止め、どのように自分を磨く人となっていくか。また教員がどのようにそこに関わっていくか。自己教育力を高めることを目指す自由学園の課題です。
本人も気づかない自分の中の光るものに、専門家である先生方が気づいてくださり、それに心を留めて評価してくださっているということはありがたいことだと感じました。

その後、最高学部の会場に行きました。最高学部にも素晴らしい作品がimg_0533-1たくさんありました。
男子部女子部と最高学部が一番違うところは、美術の時間だから取り組む、時間が終われば終わりということではなく、主体的に自分の関心を自分で見出して、それを自覚的に磨いているということです。

陶器のすばらしい椅子がありました。作ったO君がちょうどそこにいたので聞いてみると、夏休みに何度も通って取り組んだとのことでした。その作品からはそこに込められた丁寧な時間が感じられました。O君のことは初等部時代から知っていますが、読書家かつ「歩き読書」の達人で、駅から学校に向かう道で二宮金次郎のように本を読みながら歩いていたものでした。

img_0532男子部学部とサッカーに打ち込んでいたA君のティーポットとカップをセットにした作品にも感心しました。サッカー少年の中にこのような作品を生み出す可能性が秘められており、授業を通じてそれに気づきが与えられ、さらに本人が自覚的にその力を磨いているということを知り、私はとても嬉しくなりました。
じっくりと丁寧に作りこまれた作品を前にすると、心を込めた時間がそこに注ぎ込まれたことが伝わってきます。そしてそこからその人が持つ集中力や、創造力、工夫、忍耐力、喜びといったものが感じられます。中高の段階から生徒たちを見てきた私は、それらの作品を通じて学生たちの人間的な成長、成熟を感じました。

今回美術作品を出品しているこの学生たちは、美術だけを専門に学び授業や研究に取り組んでいるのではなく、数学や経済img_0540等々、様々な分野を学んでいます。また先月は全員で体操会で演技発表を行い、最高学部1年生はその後、全員で全国体操祭に参加し体操を専門とする他大学の学生と共に演技発表も行っています。その翌週には音楽会で楽器を演奏する者もあり、無農薬の米作りに取り組む者や農水省の食のフェアでの発表準備をしている学生たちもいます。

自由学園の学びの特徴は、一人ひとりが様々な活動を通じてまさに丈夫な人間の生地を織り、豊かな人生の土台を作る人間教育にあります。美術もこのような自由学園の人間教育の大切な要素の1つです。

私の好きなロシアの映画監督タルコフスキーの言葉に次のようなものがあります。
「ソロモン王の指環の銘には〈時は過ぎ去り戻るものではない〉と刻まれている。だが私はそれに反してこう述べたい。〈時間とは精神的なものであり、消え去ってもその痕跡を残していく。我々の生きた時間は経験として魂に積もるのだ〉」

私は昨日男子部の食堂で昼食をとりましたが、ちょうど昼食時の報告で、生徒の習字作品の講評が行われていました。その一枚に「体操も美術も」と書かれたものがありました。

「体操も美術も」、そして勉強も生活も、この学校で心を込めて生きた時間が、経験として一人ひとりの魂に豊かに積もり、丁寧に織り込まれるものとなるようにと願います。またそのような時間が、毎日が、一生につながるものとして、これからの一人ひとりの人生の歩みをも深く支えるものとなっていくことを願っています。

2016年11月18日 高橋和也 (自由学園学園長)




%e5%8d%92%e6%a5%ad%e7%94%9f100%e4%ba%ba%ef%bc%8b自由学園は、2021年に創立100周年を迎えます。
100周年に向けたプロジェクトの一つとして取り組んできた「自由学園100人の卒業生+」のVolume 01が刷り上りました。

独自の人間教育に取り組む自由学園の教育の価値が、一体どのような実を結んでいるのか。卒業生の生き方を通じて確認し、学園内外で広く共有することを目指したもので、私自身もインタビューに加わり、10人の卒業生の生き方を冊子にまとめました。今後100人を目指して「卒業生+」へのインタビューを続けます。

今回の10人の平均年齢は35歳。在学中に私が担任をした人も含めて声をかけ、インタビューに応じていただきました。中学高校時代に関わらせてもらった「生徒たち」にこのような形で再会できたことは、本当に懐かしく、うれしいことでした。「あの頃そんなことを考えていたのか」と、当時はわからなかった新しい発見もありました。

インタビューを通じ何より印象的だったのは、一人ひとりが心の軸ともいうべき信念を持っていたこと。そしてそれぞれの仕事を通じて、日々自分自身を磨き続けているということでした。
毎回最後に「未来への希望と不安の中にいる17歳の後輩たちに、これだけは伝えたいという応援メッセージを」とお願いしましたが、興味深かったことは、この質問に対する答の中で、その人が心の軸として本当に大切にしていることが語られることが多かったということです。
「女性が先頭に立たなければ、社会は変わらない。先頭に立つ勇気を持って」「お金は大事だけれど、稼ぐことだけが働く目的になっ%e5%8d%92%e6%a5%ad%e7%94%9f4てはいけない。それに振り回されてはいけない」「求める答えは実は自分自身の中にある。孤独になって自分に向き合うことも大切」等々です。

「自分は何のために世に来たったか、自分のなすべきことは何であるか、天は小さき自分の存在を保証するために何を自分に求めているかと考えることが、すなわち品性修養の基礎となる」(羽仁吉一『品性とは何ぞや』)

これは、人間教育の目指すところを示した創立者、羽仁吉一先生の言葉です。%e5%8d%92%e6%a5%ad%e7%94%9f%ef%bc%92

人格形成において何よりも大切なことは、自分自身が神様によって、唯一独自の存在として、地球上にたった一人しかいない存在として創られたかけがえのない存在である、ということをしっかり受け止めること。自分には自分にしか果たせない使命が与えられている、と信じること。それが自分をつくる土台になるということです。
%e5%8d%92%e6%a5%ad%e7%94%9f5自分が何を大切にして生きていきたいのか、どうやって自分を活かしていけばよいのか。これは一生の課題であり、この答えは簡単に得られるものではありません。毎日の生活の中で、自分自身の課題や関心と精いっぱい向き合い、試行錯誤しつつ心の声に耳を傾けながら、次第に明らかにされていくものだと思います。
このような意味で自由学園は、4歳から22歳までの一貫教育を通じて幼児、児童、生徒、学生たちが、さまざまな経験によって自分自身を知り、自分自身を磨く場として創られた学校ということができます。そしてその学びは、生涯を通じて続く探究の入口であると、インタビューを通じて感じています。

自由学園は小さなスケールによる手づくりの教育を大切にしていますが、卒業生の活躍の場は非常に多様です。また、既成の枠にとらわれず、自分らしく創造的に生きる道を選択していく人も多いのではないかと思います。
この「自由学園100人の卒業生+」の企画を通じてそのような「独自性」「多様性」「創造性」も伝えていきたいと思っています。

公文健太郎氏尚、「自由学園100人の卒業生+」Volume 01は今週末に行われる美術工芸展にて配布いたします。また記念講堂を会場として「自由学園100人の卒業生+」の企画展と、インタビューを含む写真家の公文健太郎氏の講演「創造する力・想像する心」を開催します。講演は11月19日、13:30より14:30です。どうぞ足をお運びください。

2016年11月16日 高橋和也 (自由学園学園長)

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 




11月4日、北京で行われた「北京生活学校」の卒業生を囲む会に参加しました。
この学校は1938年に自由学園が日本軍による占領下の北京で開校。日本の敗戦まで約8年間続き、約200名の中国の少女たちが学びました。

左から北京生活学校の卒業生、4回生の黄惠芬さん(93歳)、梁美琳さん(92歳)、3回生の劉鳳祥さん(91歳)

左から北京生活学校の卒業生、4回生の黄惠芬さん(93歳)、梁美琳さん(92歳)、3回生の劉鳳祥さん(91歳)

今回はご健在である生活学校の卒業生、4回生の黄惠芬さん(93歳)、梁美琳さん(92歳)、3回生の劉鳳祥さん(91歳)の3名、卒業生のご家族3名、親しい友人3人、自由学園卒業生5人が集まりました。
交流会はホテルの一室で手作りの日本の家庭料理を囲んで行われました。
最年長の黄さんは真っ先に「私たちのお父さんは1人、私たちは兄弟姉妹」と、生活学校の校歌を歌ってくださり、これが私たちの人生の指針だとお話くださいました。

私は羽仁もと子先生が当時北京生活学校について書かれた文章「太陽は一つ」の中の、〈私たちのお父さんは神様お一人。だから私たちは兄弟姉妹。私たちの戦う相手は一人ひとりの中にあるわがままや怠け心であり、人と人の間にある「仲悪」(なかわる)です〉という言葉を思い出しました。
卒業生の皆さんがこの教育の理想を大切にして生きてこられたことを感じました。

***

今回皆さんにお会いするに当たって、私は中国とつながりのある在校生からの中国語での学園近況報告の手紙をお届けしたいと思いました。
生徒たちに声をかけたところ、男子部O君、女子部Kさんがそれぞれ心のこもった手紙を書いてくれました。

O君は、自然に恵まれた学園の環境について、また、「自分で考え行動することを学んでいる」現在の生活の様子について書いてくれました。
今取り組んでいる美術工芸展準備に関しては「個人作品とともに合作に取り組んでいます。協力して作品を作ることは初めてで、よい経験になっています」とあり、私もなるほどと思いました。

Kさんは、昼食作りの様子を中心に、熱いフライヤーを前に魚の揚げものに奮闘し、「先生や友達にも力を借りてやり遂げた」こと、また「自分で揚げた魚は特別においしく、1人1枚なのに6枚も食べた」ことなど、生き生きとした生活の様子を書いてくれました。
「皆さんのご健康をお祈りしています」という言葉で結んでくれました。

予期せぬこの在校生の手紙に、皆さんとても驚かれ、また大変喜んでくださいました。
食事後早速KさんO君それぞれに、心のこもった励ましに満ちた返事を書いてくださいました。

Kさんへの手紙をご紹介します。

***

親愛なる若い友人、Kさん。
こんにちは。
私はこの手紙を受け取った時から心の中であなたをこのように呼びたいと思っていました。
高橋先生の手からこの手紙を受け取って、私はどれほどうれしかったかわかりません。本当に母校にこのように可愛い同窓の生徒がいるとは思いませんでした。

私があなたの年頃だった時、学園で羽仁両先生のもとで有意義な一年を過ごしました。
その時代は環境も現実も非常に今と違っており、私たちは田畑に囲まれた清風寮第一分寮に住み、毎日早起きして、2人が寮生15人のために炭火を焚き食事を作っていました。私は寒いのが嫌いで泣いたこともあります。でも、同じ寮生の日本人の先輩のお姉さんのおかげで最後には困難を克服し、乗り越えることができました。
このすべてが生涯私の財産になっています。
私は心を込めてあなたがこの学校に入られたことを祝福したいと思っています。なぜなら私の一生から申し上げて、学園生活で過ごした時間はあなたがたほど長くはないですが、学んだものは一生の財産だからです。
あなたは大変素晴らしいことをおっしゃいました。学園で学ぶことは、ほかのどの学校でも学ぶことができないものです。これこそが羽仁先生の教育思想の長所で、あなたもよくよく学び取っていただきたいと思います。

生活学校の歴史は短く、7、8年に過ぎません。しかし200人以上の学生を輩出しました。
これらの学生の中には後でロシア語の翻訳家になった方や、有名な医師になった方など、たくさんいます。
私の身近にいる2人の同窓生、ひとりは小学校の音楽の先生だった黄惠芬さん93歳、もう一人は梁美琳さん92歳、このかたはずっと書籍出版のお仕事をなさっていました、そして私は劉鳳祥91歳です。私たちはずっと婦人之友の読者で、幸せな晩年を送っています。毎年母校の先生の代表が来て私たちにお会いくださっています。そのおかげで私たちは母校の様子を知ることができ、老後の生活が充実したものになっています。

学園の生活は私たちに強い精神を育て、困難を克服し、前を向いて学び、切磋琢磨するなど、すべてのことを教えてくれ、生活、仕事の指針となりました。
生活学校の跡地は今たくさんのビルに囲まれ、うしろの細い道から工芸室の後ろの壁を見ることができるのみです。

北京に来られた時に可愛くて若い同窓生にお会いできることを心から願っています。

あなたの年上の同窓生 劉鳳祥(代表)

***

北京生活学校卒業生の皆さんと在校生との間に温かい心のつながりが生まれたことを嬉しく思いました。また戦時下、占領下の中国で、「太陽は1つ」という理想のもとに教育が行われ、その教えが70年以上の時を越えて卒業生の心の中で大切にされてきたことは、私たち自由学園に関わるすべての者にとっての大きな励ましであると感じています。

北京生活学校卒業生から贈られた刺繍作品「自由学園明日館」

北京生活学校卒業生から贈られた刺繍作品「自由学園明日館」

自由学園への贈り物として3人の卒業生から、前日夜の12時までかかって仕上げたという「明日館」をデザインした美しい刺繍をいただきました。
3日の夜に北京に着き、5日早朝北京を発ち帰国するという慌しい北京訪問でしたが、お元気な卒業生にお会いすることができ、北京生活学校に繋がる皆さんと親しく交わりのときを過ごさせていただく貴重な機会となりました。感謝と共に、皆さんのご健康をお祈りいたします。

尚、「北京生活学校」については様々な研究者がこれを研究していますが、私は当時の指導者への聞き取りも含んだ内田知行氏の「共生の思想:戦時下の自由学園北京生活学校」(『日本植民地研究』第11号、日本植民地研究会、1999年6月)に多くを学びました。

2016年11月14日 高橋和也 (自由学園学園長)




久しぶりに東天寮(男子部中等科・高等科の寮)での誕生日会に招かれ、生徒たちと楽しい夕食のひと時を過ごしました。
会に合わせ各部屋が、割り当てられた誕生日の人にあらかじめプレゼントを贈り、誕生日の人はこの夕食の席で、ひとことのコメントと共に貰ったものを紹介することが恒例になっています。

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東天寮の誕生日会

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自由学園の全ての食堂にかかっていることば 「キリストはこの家の頭。全ての食事の見えざる客。全ての会話の黙せる聞き手。」

 

 

 

 

 

 

今日も下級生から学年順にプレゼント紹介が進みましたが、途中、中等科3年生のT君が係の手違いでプレゼントをもらっていないことがわかりました。
私はT君のことがとても気になりましたが、会はにぎやかにそのまま進みました。
ところが、次々にプレゼント紹介が行われ、高等科2年生が話し始めた頃、私は嬉しい光景を目にしました。
誕生日会の企画担当の一人のK君が、プレゼントらしき袋を持ってT君に手渡しているのです。楽しい話に盛り上がっていた周囲の人はほとんど気づかないようすでした。
T君が袋の中に手を入れて取り出したものはお茶漬け海苔とふりかけでした。とても小さなプレゼントでしたが、T君は嬉しかったことと思います。
私も、偶然、この細やかな心遣いを目にして、温かい気持ちになりました。
後でK君に聞いてみると、T君が話した後にすぐに買いに行ったとのこと。
一人ひとりにとって一年に一度だけの誕生日を、このように大切に思う配慮を上級生が持っていることを嬉しく思いました。

私もまったく思いがけず、花束とネクタイのプレゼントを貰いました。
ネクタイは高等科3年生のF君が日頃の私の好みのスーツに合わせて選んでくれたもので、「55歳(ゴーゴー)」に合わせて、「若々しさと知性の感じられるワインレッドに白のストライプを」という心遣い!ありがとうございました。

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フィンランドからのお客様・矢野恭弘国際化センター長(右)と

1学期にフィンランドの小学校の3人の先生方が自由学園を訪れ、幼児生活団から最高学部までを見学し、生徒や先生方と3日間交流の機会を持ちました。
先日、この先生方から「自由学園訪問レポート」が届きました。一部を抜粋してご紹介します。

***

自由学園は、学校がそのような環境を備え得るとはまったく想像することさえできないような驚くべき学校でした。
フィンランドの私たちの学校も美しく環境に恵まれていますが、自由学園の美しい建物、木や花や庭や動物と共にある環境と較べると、それらが全く控え目なものに感じられました。

学校案内の冊子には、「自由学園では学生が日常生活と本当の経験から学ぶことを重視している」とありました。
今回の訪問の間、私たちはその哲学を目の当たりにしました。

初等部食堂にて

初等部食堂にて

各々の年齢の生徒たちが、いろいろな植物や花や野菜、また鳩、鶉、兎、鶏、魚、豚など動物の世話をする責任を担っていました。
彼らはまた、昼食準備を行い、食べた後には食器を洗い、学校の建物の掃除をしていました。
私たちが宿泊した寮の運営も生徒自身の手で行われていました。

子どもたちには学校での毎日の生活を運営する上での驚くほどアクティブな役割があるのです。
彼らは間違いなく将来必要となる技術を学んでいると感じました。
フィンランドの学校では動物を飼うことができず、学校のキッチンには、スタッフ以外、誰も入ることができません。
トイレ掃除や床磨きを生徒自身がするという考えは、きっと親たちを驚かせることでしょう。調理や掃除はその専門スタッフの仕事なのです。

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音楽の授業の後に初等部の生徒と

しかし私達は、フィンランドのこのシステムが子どもたちに与える影響について、疑問を抱くようになりました。
自分が掃除をする必要がなければ、散らかすことはずっと簡単なのです。

自由学園スタイルはフィンランドで歓迎されるでしょう。
なぜならそれが非常に具体的な方法で子どもたちに社会的責任を教え、手仕事を尊ぶことを学ばせるからです。

私たちはまた芸術と音楽の意義を学びました。
とてもかわいい幼稚園生のオーケストラと大学生のオーケストラの演奏を聴くことができました。
小学校では、動物園見学の後にはスケッチをもとにして、海での実習の後には自分たちが作った貝の標本に基づいて、生徒たちが様々な美術作品を製作していました。

女子部生徒と

女子部生徒と

私たちはこういった取り組みに本当に感動しました。
子どもたちが「よく生きる」ためには、音楽や芸術には本当に重要な意味があると納得しました。

自由学園では、先生と生徒、生徒同士の関係は温かく、誰もが互いに思いやりをもって助け合っていました。
皆が一緒に成長している大家族のようでした。
その様子は例えば、異学年、異年齢からなる子どもたちが、共にテーブルを囲んで昼食をとり、おしゃべりしていた食堂のホールでごく簡単に目にすることができました。(中略)自由学園で感じた親しみやすさと愛情深い空気を決して忘れません。本当にありがとう。

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フィンランドでは今、新しい時代に対応するために、「肯定的な感情を生み出す経験、共同作業、創作的な能力を向上させる学習、他人との交流」という観点を柱とする新たな教育改革が進められています。
3人の先生方が今回のレポートにおいて評価してくださっている実践は、これらの観点からの観察によるものでした。
このような視点を通じ、「自由学園スタイル」の価値をあらためて確認できたのは嬉しいことでした。

2016年度が始まったこの9月から、先生方の学校でも、この新しい教育改革に対応すべく「The phenomena based learning 実例に基づく学習」が始まり、その対応に四苦八苦しているとのことでした。

数学や社会といった科目の授業を減らし、生徒たち自身がテーマを持ち寄って授業を計画し、協働して問題解決に取り組む学習が今後増えていくそうです。

知識の習得から学ぶ力を育てる学習へ、単独の学習から協働する力を育てる学習へ、これは世界的な教育改革の流れですが、自由学園が創立以来試行錯誤しつつ取り組んできたテーマでもあります。
今後も時代の課題を学び続け、成長を続ける学校でありたいと思います。

2016年10月25日 高橋和也 (自由学園学園長)

 




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「私はオーナーではなく、建築にも詳しくありませんがいいのでしょうか」との前置きで始まったインタビュー。
2時間近く、ずいぶんとりとめなく多方面に広がってしまった話に、「一体これで雑誌のニーズにお答えできたのでしょうか」と伺うと、ライターのいしまるあきこさんは「心動かされるいいお話が聞けました」と喜んでくださり、インタビュー終了となりました。

その後まもなく、内容確認のための原稿をお送りいただいたのですが、すっきり整った内容に、「ライター」という人はすごい!と感じました。
「名建築が子どもたちに与える影響はどのようなものですか?」
「生徒たちによる校舎の丁寧な掃除がおこなわれていましたが」
「食堂を中心とした学校づくりについて教えてください」
「スローライフに当たる教育方針があれば教えてください」
「この建築の未来をどのようにお考えですか?」等々の質問のもと、お話ししたことが分かりやすい言葉でまとめられていました。
また意外なことに「通常1ページの連載を、今回は2ページに増やすことができました」といううれしい言葉もいただきました。

自由学園は都心から20分という場所でありながら、緑豊かな恵まれた教育環境にあります。起伏のある3万坪のキャンパスには小川が流れ、およそ4000本の樹木に囲まれるように、遠藤新・楽さん親子によって設計された校舎が配置されています。
「自労自治」「生活即教育」の理念に基づき、生徒たちは自分たちの手でこのキャンパスを掃除し、維持管理しています。「新天地」と呼んでいる畑では幼稚園から大学部の学生までが農作業に取り組み、5000㎡の芝生の管理も生徒が行います。

自由学園の創立者羽仁吉一先生は、大正末に現在学校のあるこの地に10万坪の土地を購入し、7万坪を分譲地とし、残りの3万坪を学校用地としました。
古い記録では「農場」用地と紹介されています。私たちにとって、豊かな自然に恵まれたこの地と美しい校舎は、「生活即教育」の実践を支える大きな財産です。

自由学園を初めて訪れる子どもたちは、まず自然豊かなキャンパスに驚き、「この緑の多い学校で学びたい」という感想を語ってくれますが、入学後数年もすると、美しい自然の存在は当たり前になってしまうようです。これは一見残念なことのように思われますが、私はそうではないと思っています。美しい自然を当たり前のものとして感じる感覚は、その人の中で美しさに対する感性として、非常に大きな一生の財産になるのだと思います。

建築についても同様です。フランク・ロイド・ライトは、自由学園の校舎について、「自由なる精神」を基調にデザインしたもの、と述べています。ライトの弟子の遠藤新は、このデザインの精神を受け継ぎ、南沢キャンパスを設計しました。
生徒たちは1年、2年、3年・・・という長い年月を、世界標準とも言うべき本物の美しさを備えた校舎で生活し、ゆっくり時間をかけて、この建築の美しさを肌で感じています。そしてこの美しさを一つの基準として感性や創造性を育んでいきます。インタビューの中で「名建築が子どもたちに与える影響」とは、との質問を受けましたが、「名建築」は、自然の美しさとあいまって、美しさに対する感覚を養っていると考えています。

毎日私たちを取り囲んでいる自然環境や建物は言葉を発することはありませんが、長期にわたって人を育てる大きな土台です。教育現場ではその価値をもっと大切に考えるべきではないかと思います。

2016年10月21日  高橋和也 (自由学園学園長)




世界各地の学校とつながり仲間づくりをし、多様な価値観や地球規模での課題を学び合いつつ、国際社会で貢献できる人を育てたい。
このような願いを持って、今年度「国際化センター」を発足させました。

現在実施している、デンマーク、ネパール、イギリス、フィンランド、カンボジアの学校との交流に加えて、現在ポーランドの大学との連携を進めています。

またこの2学期も例年と同じように、イギリスのウィンチェスターカレッジとデンマークのオレロップ体操アカデミーからそれぞれ2名を招き、英語や体操の授業のティーチングアシスタントを務めてもらっています。
ウィンチェスターカレッジからの2人は、今年は最高学部の学生寮に宿泊し、生活も共にしています。
オレロップから来た2人は、今週末に行われる全校行事、体操会の指導に大忙しの日々を過ごしています。

今日は自由学園創立以来もっとも長く交流の歴史を重ね、その中から新たな取り組みも始まっているデンマークとの関係についてご紹介します。

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ニルス・ブックの体操チームによる自由学園での演技発表(1931年)

そのつながりは1931(昭和6)年、オレロップ体操学校(現オレロップ体育アカデミー)の創設者ニルス・ブックの体操チームが、自由学園でデンマーク体操の模範演技をした85年前にさかのぼります。

羽仁夫妻は、競技や競争ではなく、バランスのとれた体を作ることを目的とした体操と、田園の中に生涯教育の場としての学校を創り、共同生活を送りつつ人間性を高める国民高等学校(フォルケホイスコーレ)の理念に共感し、翌年には、ニルス・ブックの招きによって羽仁もと子先生がオレロップ体操学校を訪問しています。

続いて2人の自由学園卒業生がオレロップで学び、帰国後、学園の体操指導者となり、その後も多くの教師や学生がオレロップに留学。自由学園でのデンマーク体操の伝統が築かれます。

 

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オレロップチームと初等部生徒との合同体操発表(2015年10月)

14年前からはオレロップの若い卒業生を指導助手として迎え、生徒たちが体操や英語を学ぶ取り組みも始まりました。
昨年はオレロップエリートチームと初等部児童との合同体操発表も実現しました。

さらに今年度から、学園からの留学希望者に対しオレロップ体操アカデミーによる奨学金が支給されることになり、早速この制度による学生が、ギャップイヤー(休学制度)を利用してオレロップで学んでいます。

 

 

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デンマーク研修旅行の一日、エーロ島で再生可能エネルギーについて学ぶ(2016年8月)

これらの両校の信頼関係の上に、5年前から女子部教師を中心に、有志父母の方々の力をお借りして「デンマークに学ぶ会」が発足。
現地での宿泊からプログラム作成まで、オレロップ体育アカデミーにご協力いただき、デンマークの教育、環境、福祉、文化、そして体操を学ぶ、2週間の夏休み研修旅行が始まりました。
今年も生徒・学生合わせて15人が参加し、よい経験の機会を得ることができました。

最高学部では今年4月から新たな選択外国語として、デンマーク語とネパール語の講座を開講しました。

* * *

昨年6月、私はオレロップとエグモントという2つの素晴らしい国民高等学校を訪問しました。

オレロップ滞在は憲法記念日にあたり、「デモクラティック・フェスティバル」という音楽と体操のパフォーマンスとスピーチのにぎやかな1日を過ごしました。
驚いたのは、女性が参政権を得て100周年記念と重なったことから、フェスティバルの中でトーニング・シュミット首相の講演が行われたことでした。人波の中から野外ステージに上がる女性首相の姿に、市民教育を担う国民高等学校オレロップ体操アカデミーとデンマーク社会の、民主主義の深みを感じました。

エグモントは、心身に障がいを持つ人のための学校が、ノーマライゼーションの考えに基づき健常者を受け入れるようになった経緯を持つ、世界に類を見ない共生を実現する学校でした。
同年代の学生たちが仲間の生活の介助をし、共に授業を受ける様子に驚きました。

1955(昭和30)年、羽仁吉一先生が生前最後に婦人之友に書かれた文章は、オレロップをはじめとするデンマークの国民高等学校教育への賛辞でしたが、60年以上を経てこの思いを実感しました。
来年2017年には、日本とデンマークは外交関係樹立150周年を迎えます。
息の長い交流を続けてきた学校として、自由学園でもこれまでの関係をさらによいものへと発展させていきたいと考えています。

明後日は体操会。
明日は皆で学校中の掃除に取り組み、会場を整えます。皆様のお越しをお待ちしています。
よい天気になりますように!

2016年10月6日 高橋和也 (自由学園学園長)




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